ポケットの中の天球儀
「深沢君と、こんなふうに話したのって初めてだね」
「同じクラスの時は、話したくても話せなかった…ずっと」
「途中で転校していなくなったし…」
「お前、何も言わずに転校しただろ」
真琴が気まずそうに頷く。
「最後までみんなに言い出せなかったの…引っ越すって一言を口にした途端、びゅーんってみんなと違う世界に行ってしまいそうに思えて。だから引越しの当日に親しい友達にだけ電話でさよならを…」
「今なら…」
深沢はそう切り出すと、ゆっくりと真琴の瞳を覗き込んだ。
「俺は、その中に入っていた?」
その真剣な眼差しに、真琴は少し戸惑いを感じる。
今までのトーンとは違い、少し声が緊張しているように思えた。
「たぶん…」
曖昧にそう答えた真琴だが、すぐに首を振るとその答えを否定した。
「ううん、きっと」
深沢の真剣な眼差しを真っ直ぐに見ると、真琴は強い口調でそう言い切った。
真琴の下した審判に深沢は大きく肩でため息をつく。
「もっと早くにこうすればよかった。気持ちなんて、黙ってりゃ何も伝わんない」
「気持ち?」
真琴は首を傾げる。
深沢は真剣な表情を崩すと、遠い眼を夜空に向けて話し出す。
「お前が引っ越した日、俺追っかけたんだぜ。お前の事…」
「私を…?」
疑問の瞳を向ける真琴に頷くと、深沢はまるで昨日の事を思い浮かべるように続けた。
「もう少しで、お前が乗っていた赤い屋根のトラックに追いつけたんだ、でも…」
深沢は大きくため息をつくと、小さく首を振った。
「俺、最後の最後まで自転車が下手だったから…」


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