ポケットの中の天球儀
小夜は一息つくと、ちゃぶ台にある歴史の参考書を手に取った。
ぱらぱらとページをめくると、ふとあるページで手を止めた。
「1185年…」
「壇ノ浦の戦い。源義経が平家を打ち破る。大丈夫、ちゃんと覚えてる」
小夜の呟きに間髪をいれずに真琴が答える。
正解である…小夜は出題をしたつもりではなかったが、答えを求める孫の瞳に、間違ってないと言ってやる。
真琴は自らの記憶に満足げに頷いて見せた。
「ここ、讃岐でも戦があったのよ」
「屋島の戦いでしょ?10回以上ノートに青き込んだわ」
「歴史っていうのは、教科書やノートに 閉じ込めておくものなのかね…」
得意げに答える真琴に嘆くと、小夜は静かに目を閉じ口を開いた。
「文月の月眠る亥の時、離された心一つにならん…」
「…何、それ?」
教科書には見当たらない小夜の言葉に、真琴は戸惑いの声を上げる。
「讃岐に伝わる言い伝えで、わたしらの子供の頃くらいまではよく聞かされた。確か、お前の母さんにも教えてやったはずだけどな」
「聞いた事ないわ、教えて」
初めて聞く話に好奇心を刺激されたのか、知らない事に対する不安からか、真琴はせがむように祖母に催促した。
小夜はわかったと言うように頷くと、静かに話し始めた。
「屋島の戦では源氏、平家共にたくさんの者が争い憎しみ合い、命を奪い合った。それは知っているだろう?」
真琴は何度も頷くと小夜の次の言葉を待つ。
「そんな中、名もなき平家の一武官が源氏側の姫様と恋に落ちてな…それが許されぬ恋とはわかっていながらも、二人の絆は強く、深いものになっていった」
小夜が遠い目を過去に向けながら物語を続ける。
「二人は、地位や身分何もかも捨てて、駆け落ちする事を約束した…男は屋久島での戦が終わったら、姫様を迎えに来て一緒に逃げるはずだった、けど…」
「けど?」
「男は迎えには来なかった…戦で船ごと焼きはらわれて、戦死したんだ」
「そんな…」
あまりにも悲劇的な結末に真琴は言葉を失ってしまう。
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