ポケットの中の天球儀
目を閉じて静かに語る深沢に、昼間見た祖母の姿が重なる。
真琴は驚き、目を少し見開いて深沢を見る。
「知ってたの?ハカ…深沢君」
「博士でいいよ、その方が呼びやすいだろ?」
深沢は目を開けると、先程から何度も言い直している真琴に助け舟を出す。
真琴はその申し出に複雑な笑みを浮かべると、小さく頷く。
「俺も、今からそいつを見に行く所だったんだ」
「博士も?」
深沢は大きく頷くと、自転車に向かって歩き出す。
「つまりこれは…必然の再会だったわけだ…なら話は早い」
サドルにまたがった深沢は嬉しそうにそう言うと、運転席から親指を立て後ろを指した。
「お前も行くんだろ?だったら乗せて行ってやるよ」
「博士が?」
「他に誰がいる?」
深沢は芝居がかったように周囲を見回すと、さも当然と言う視線を真琴に向けた。
「だって…」
深沢の誘いが嫌なわけではなかった…むしろありがたいお誘いだった。
歩いて行くよりは自転車で行くほうが楽だし、一人で行くよりも二人の方が心強い。
たけど…
真琴は訝しげに深沢を、そして彼の傷ついた自転車を見つめる。
いびつに変形したフェンダー、傷だらけの車体、曲がったハンドル…そのハンドルに手をかけ得意げに笑みを浮かべている当事者…
真琴は小さくため息をつくと、否定的に首を振る。
―やっぱり駄目…
世界一危険でスリリングなサイクリングをする勇気は持ち合わせていない。
「仕方ないわね…」
真琴は決断すると、強い意志を持って自転車に歩き出す。
そんな真琴の決意を知るよしもなく、深沢はサドルの上で満面の笑みを浮かべていた。
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