ポケットの中の天球儀
第三章
海を左手に見ながら、真琴は涼しげに自転車をこいでいた。
後ろの席では深沢が不機嫌そうに表情を浮かべている。
「七人目の犠牲者になるのはゴメンよ!」
真琴はそう言って有無を言わせずに深沢から運転席を奪うと、彼に親指を立て後ろを指差した。
深沢は抗議しようとしたが、真琴は構わず自転車を発進させた。
運転手を降格させられた元運転手はしばらく背中越しに不服を申し立てていたが、真琴が何も返さないでいると、やがて諦めて静かになった。
真琴は後ろで拗ねている深沢の表情を想像すると、小さな笑みを零す。
頬にあたる夕暮れ時の風はとても気持ち良く、真琴は目を細める。
沈みゆく大きな太陽の光を受け、海面は色んな色が混じり合い、その色同士が生きているみたいに輝きを放ちあっていた。
もう少しすれば太陽は完全に水平線に飲み込まれるだろう。
真琴は、深沢の機嫌が直ったであろう頃を見計らって質問する。
「意外ね、博士ってこういう非科学的な事は一切信じないと思っていたのに。学年一頭の固かった博士が、言い伝えになんかに興味があるなんて」
「それが、おおありなんだよ」
深沢が嬉しそうに話に乗ってくる。自分が後部座席にいる理由などすっかり忘れてしまったようだ。
真琴はそんな深沢の単純さに思わず笑いそうになる。
「まあ、言い伝えなんてのは昔の人が、その現象を理解できずに適当に言葉で飾って美化したもので、信じちゃいない」
「じゃあ、どうして?」
「宇宙船さ」
取って置きの切り札を出すように、深沢は自信に満ちた声で言った。

< 9 / 20 >

この作品をシェア

pagetop