銀の月夜に願う想い
美しいホールの中は丁寧に磨かれ、シャンデリアが吊るされた天井は宝石を散りばめたように煌いている。雰囲気作りのために灯された蝋燭の灯りが揺れ、軽やかな音楽が鳴り響くホール内では貴族の男性と女性が踊っている。
そんな中、挨拶まわりもせずに設えられたソファに座ってボーっとしていたルゼルに、影が差した。
「美しい婚約者をほっぽっておいて何を考えているんだ、バカ王子」
からかうような声に顔を上げてみれば、そこには知った顔があった。
カリオルス国伯爵家の次男、アルス・トウィーヤ。結構有名なプレイボーイ。
そして、ルゼルとは昔からの腐れ縁といったところだろうか。
実に嫌な縁ではあるが。
「別に…」
「やっと社交界に出たと思ったらそんな顔をして。お前は一体何がそんなに気に入らないんだ」
溜め息混じりに言って、隣に座った彼は持ってきていたグラスの中のワインを煽る。飲み終わると持ってこられたグラスを持ち、ルゼルにも渡してきた。
飲む気はなかったが、仕方なしに受け取る。
「あちらで婚約者殿が男たちに囲まれて困った顔をしていたぞ。どうして助けに行かないんだ、お前は」
「行く気がないから」
「またそんなこと言って。あんなに可愛らしくて気が利き、頭も良くて多才でいらっしゃる彼女を嫌う理由が、俺には分からないね」
「分からなくても良いよ」
普通なら人から嫌われることのない彼女。優しい彼女を嫌う要素は全くない。でも、ルゼルには彼女を必要と思うことがない。他に、必要だと思う女性がいるから。
ルゼルの顔色を窺っていたアルスは、ははーん、と口の端をつりあげる。
「さてはお前、他に好きな人が出来たんだろ」
「よく分かったと褒めてやりたいけど、その人とは四年も前に知り合ってるんだ。今さら気付かれても遅い」
「四年!?」
目の前の彼はびっくりしたような顔をしている。そりゃあまあ、ずっと前から婚約者が決まっていたのに四年も前から好きだった女がいるなんて知ったら、驚くだろう。
見つかっていないのが奇跡だ。
まああと一年で強制的に離れなくてはいけなくなるのだが。