銀の月夜に願う想い
ルゼルはとにかく帰りたかった。でも気力で堪えている。
ルゼルの目の前には大きな馬車が止まっている。そしてその中から現われた姿を見て、内心ゲッソリする。
「お久しゅうございます、エメフレア様」
「お久し振り、ルゼル殿下」
その女性に近付いたルゼルは跪いてその人の手の甲に口を寄せる。
エメフレアは満足げに笑った。
彼女エメフレアはルゼルの婚約者のセヘネの母親だ。アシュトヒス国の王妃である彼女は、娘に会いたいがために会いに来たのである。
何とも厄介だ。
「この度は何用でいらっしゃったのですか?」
「ふふふ、娘の様子を見に来たのよ。ついでにあなたのことも」
ルゼルは笑みの下で舌打ちをした。
何せこの王妃、必要以上に目敏いのだ。
昔から自分の娘(セヘネ)が一番大事なこの人は、ルゼルが婚約者をちゃんと愛しているのか、とここに来る度に目を光らせて見ている。
その瞳の恐ろしいこと。少しでもセヘネの瞳に憂いが宿ったりしたら、針がザックザックと刺さるほどだ。
それに帰り際至らなかったところについて嫌味さえ言ってくる。
いつも笑顔で対応、のルゼルだが、それにはさすがにブチ切れ寸前にまでなる。
そんなふうにルゼルを追い込むことが得意な彼女は、今日も鋭い目で見下ろしてきた。
「今日から楽しみにしていますよ、王子。少しでもセヘネに悲しい思いをさせたら……どうなるか分かっていますね?」
「承知しています、エメフレア様」
どうせ『こんな至らない男に娘をやれるか!さっさとセヘネは連れて帰る!』とか言うのだろう。だったら早く連れ帰ってくれた方が嬉しい限りだ。
だってルゼルがセヘネを大事にしている振りをしているのは、結局のところレリアを守るためためなのだから。