銀の月夜に願う想い
立ち上がったルゼルは、そのとき感じたゾクリとしたものに周りに視線を送った。
その青い目が一人の男を捉える。
一瞬、火花が散ったような気がした。
艶やかな黒い髪、紅い瞳はルゼルに対して恐ろしいまでの敵意を訴えてくる。
一瞬で分かった。あの男は、自分とは相容れないモノだと。
(メレイシアの……)
メレイシアの管轄する一族の者だ。つまりは闇に名を連ねる者。ルゼルとは敵対する者だ。
「エメフレア様…、あの者は?」
「え?あぁ、あの人はわたくしの新しい護衛兵です。とても優秀な方ですの」
(優秀、ね…)
そりゃあ神に属する者なのだから、人よりずば抜けているだろう。容姿も運動神経も。
人の姿に化けることさえ。
ちらりと盗み見ると、まだ敵意のこもった目で見てきている。相手はきっと知っているのだろう。ルゼルがレリアを森から連れ出した張本人であることを。
彼はルゼルを見ると頭を下げてきた。しかし依然鋭い視線は変わらない。
「さあ、エメフレア様。お茶の準備が整っております。よろしければそちらへ移動を」
「そうですね」
誘導しようとするトファダにエメフレアは頷く。彼女が歩いて行くのを見送っていたルゼルは、その時横を通り過ぎた男の呟きを耳にした。
「レーア様は我々のものだ。覚えておけ、人間よ」
独り言のように言った男の背中を見たルゼルは顔をしかめた。
やっぱりレリアを連れに来た者なのだろうか。
レリアは後一年メレイシアは何も言ってこないと言っていたけれど、しかし不安だ。
「ふざけんな…」
レーアは僕のもの。誰にも渡すつもりはないのに、そしてルゼルとメレイシアの間の不可侵の約束があると言うのに、あの絶対的な確信を持った声音と垣間見た笑み。
何か企んでいると考えたほうが良いだろう。
「渡さないよ…」
レーアだけは。彼女との時間だけは。
絶対に死守しなければ。