菜綱の夜
「病院かぁ、ボク嫌いだな。変な匂いがするし」
「じゃあ、今日はこなくてもいいよ」
「ええっ、嫌だよ!ボクはとーじと一緒がいいんだっ」

菜綱がいてくれる事は俺の不安を消し飛ばしてくれるようで大きな救いだった。
「ありがとう」

俺は菜綱を思わず抱きしめてしまった。
「わ、わっ、とーじ大丈夫?」
「ごめん、その病院で悲しい事があったんだ。」

菜綱は優しく俺の抱擁に応えた。
「大丈夫、ボクが一緒だから」

もう少し菜綱の体温を感じていたかったが、俺はゆっくり菜綱から手を離すと菜綱の手を握った。
「じゃあ行こう」
「うん!」

夜の病院は寂しく、暗く、恐ろしかった。

二度と来る事はないと思っていたこの場所に俺は再び戻って来た。

あの悪夢に決着をつけるために、もしユタロウがいれば俺の命をくれてやる。

それで郁子が生き返れば本望だ。

だが、ユタロウに会う事が出来なければ俺は過去に囚われず生きる。

俺はなんて卑怯な人間なんだろう。

結果は分かっている。

ユタロウなどいない事、自分が過去から逃れる為だけの儀式として毎晩さまよっているという事。
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