雨瞳-アメ-
「……あ、そうだ。こん前、傘拾ってくれてありがと」


俺は鼻の頭を指で掻きながら、なるべく自然に言った。

そう。ずっと伝えられなかったお礼を。


都合のいい俺の脳内では、『いいよ』と微笑む中村が浮かんでいた。


……なのに。
待っていたのは、沈黙。

中村の表情からは笑顔が消え、同時に自分の口角からも力が抜けていくのがわかった。


今までそんなに意識していなかった雨音が、鮮明に耳に届く。


「……え?」


たった数秒の長い長い沈黙を先に破ったのは、中村だった。


「……え?」

「…………」

「……えーっと」

「…………」

「もしかして……忘れた?」


努めて明るく言った。


なんか俺、すんげぇかっこ悪い。

聞かなくても、この反応は明らかに忘れてる。
そうだよな。よく考えれば、今更……だし。

中村にとってあれは、そんなに印象に残る出来事でもなかったわけで。
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