【長編】Sweet Dentist
「相変わらず鈍感ですね、先輩は。あの時もあたしの気持ちに全然気付いていなかった。もしも、先輩があたしの事もっと早くに好きになってくれていたら、あたしはやっぱりウィーンには行けなかったと思う。」

「亜希が?まさか…」

「本当ですよ。随分迷ったんですもの。たとえ片想いでも先輩の傍にいたくて…
でも、やっぱり夢を捨てるのは自分に負けてしまうみたいで悔しかったから留学を決めたんです。
でもそれは先輩の気持ちを知らなかったから決意できたんですよ。
あの時点で先輩があたしを好きだって知っていたら絶対に行けませんでした。」

「後悔した事は…あるのか?」

「向うへ行って暫くはずっと後悔ばかりでしたよ。自分のピアノが思うように弾けなかったり、なかなか環境にも馴染めなかったり。」

亜希は少し遠い目をした後、ふっと何かを思い出すように微笑んで俺を見つめた。

「でもね、そんなときに聖さんが来てくれたんです。聖さんはヨーロッパ各地を仕事で常に動いている人なの。だから近くに来るたびに顔を見せてくれて、励ましてくれたんです」

亜希の微笑みはとても幸せそうで、その場の雰囲気がひと際明るくなったように感じた。



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