【長編】Sweet Dentist
千茉莉の事が気になるのは…あの日の情景が余りにも鮮やかに蘇ってくるからだ。

実らなかった切ない初恋の思い出。その傷を偶然にも癒す言葉をくれた千茉莉。



俺の中の大切な思い出の中にあいつは何かを残していった。



純粋で、とても綺麗なものを…。



ああ、そうだ。だから…やたらと気になるんだ。

でないとこんなにも千茉莉が気になるなんておかしすぎる。



どうする?

もし今日こなかったら電話でもして無理にでも来るように言うべきだろうか。

でも、アレを根に持ってたら何を言っても来ないだろうな。


はあっ…


また一つ小さな溜息


クスクスとスタッフの笑い声が聞こえて来る。
俺が溜息をつくのがそんなにおかしいのか?

「先生、溜息ばかりついて…まるで恋煩いみたいですよ?」




―――恋?




「何を馬鹿な事を言ってるんだよ。ありえないってあんなガキに。」

「あら?あたしは誰に恋煩いしているなんて一言だって言っていませんよ?先生は誰か心に想っている人がいるんですか?」

からかうような視線を試すように送ってくる女性スタッフたち…。



―――やられた。



「ねぇ、先生。私たちこの間千茉莉ちゃんが来た時、初めて先生のあんな楽しそうな顔見ましたよ。」

「楽しそう…俺が?」

「そうですよ。口調はけんか腰で、どちらかと言うと優しくは聞こえなかったけれど、あんなに素直に自分の思っている事を誰かにぶつけるなんて、私たちが知っている限りでは初めてのことですよ。」



あ…



「自分では気付いていないんですね?ふたりの会話聞いてるとこちらまで微笑ましくなりましたよ。意地っ張り同士がじゃれあっているみたいでね。」

確かに…千茉莉の前では女に対する警戒って言うのは無いけれど…そんな風に見えていたのか?

俺が千茉莉に恋煩い?

冗談だろう?ちゃんと来るかちょっと心配だっただけで…。

それに年だって12才も違うんだぜ?話も合う訳無いだろう。

そんな風に言われると何だか意識してしまうじゃないか。




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