【長編】Sweet Dentist
今日は響先生との最後の日。

いつもみたいに軽口で笑ってさよならを言うんだ。

それから…ありがとうって…ちゃんと素直に言うんだ。

一度くらい先生の前で素直になってもいいよね。



今日が最後なんだから。





最後の治療を終えて、響先生はマスクを取るとニコッと笑って言った。

「今日が本当に最後だな。歯医者嫌いの千茉莉が良く頑張ったな」

「ハイ、ありがとうございました」

本当にこれが最後なんだよね。先生…。

「おっ、珍しく素直じゃないか。最後くらい憎らしい口を聞かないで素直な患者でいてくれるのもいいな」

「なにそれ?あたしはいつだって素直ですよ」

いつものように拗ねたような顔をしてみせる。そう言えば先生の前では拗ねるか怒るかばかししていたように思う。

「まぁ…そう言う事にしておいてやるよ。俺の治療はどうだった?痛くなかったか」

クシャリ…先生はやさしく笑ってあたしの子どもを褒めるみたいにあたしの髪をかき回した。
その仕草になんだか愛情を注がれているような気がして胸が締め付けられる。

「全然痛く無かったよ。初めての時なんてびっくりしたもん」

初めての日…
先生にいきなり抱き上げられて、超ドアップで「治療させてくれないんだったらこのまま襲うけど?」といわれて真っ赤になったことを思い出す。

あの時は、何て酷い医者だと思ったけれど…


いつの間にかこんなにもあたしの中に住み付いてしまった。



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