【長編】Sweet Dentist
「千茉莉は初日にいきなり眠り込んだもんな」

「あれはっ、緊張しすぎて前の夜眠れなかったから」

「クスッ…分かってるよ。千茉莉は歯医者の何が嫌いなんだ?」

覗き込むようにあたしを見つめ問いかけてくる先生から視線が離せない。

催眠術にでもかかったように、その瞳に囚われてしまう。

お願い…もう、あたしを見つめないで。

これ以上先生を好きになったら困るから。


「…痛いところ。それから削る時のあの音…」


必死声が震えるのを抑えてそれだけを言うのがやっとだった。

「ふうん。俺に出会えてラッキーだった訳だ。俺は女は診ないからな。千茉莉は特別対応だったんだぞ」

「それってあたしを女性としてみてないからとか言うんじゃないでしょうね」

わざとむっとした顔をして怒ったような仕草をしてみせる。これが今のあたしにできる精一杯。

「そんなことねぇよ。その乳臭さが取れればデートしてやるよ」からかうような先生の声。


ズキン…


やっぱりそうだよね。


12才も年が離れていたらあたしなんて本当にガキんちょだもん。

恋愛対象になんて一生かかってもなれないのかもしれない。

それでもそんな心の中を見透かされる訳にはいかないから、あたしの精一杯の意地でいつもみたいに怒ってみせる。



…そう、絶対に泣いたりしないんだから……。




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