【長編】Sweet Dentist
思わずそう言ってしまいそうになった時、不意に背後から耳慣れた声が聞こえた。

「千茉莉。おまえ何処行くんだよ」

驚いて振り返ると怒ったように視線を投げかけている宙がいた。

肩で息をしているところを見ると走ってきたようだ。

驚いて何て言えば良いかわからず呆然とするあたしに、宙はもう一度同じ質問をする。

「千茉莉、何処へ行くんだよ。おまえは俺の彼女なんだろ?相手が誰だろうが男の車になんか乗るんじゃねぇよ」

「――っ!そっ…宙。何をいきなり…」

自分勝手な言い分かもしれないけれど響先生の前で宙の彼女だなんて言って欲しくなかった。

あたしが思いっきり動揺していると、先生は一瞬複雑な表情をしてふわりとあたしの頭に手を置くと、さっきより優しくクシャッと撫でた。

「彼氏なのか?良かったって言うべきなのかな。これで千茉莉もちょっとは大人になれるんじゃないか?」

「しっ…失礼よ。そんな言い方」

胸が抉られるような痛みに思わず響先生から顔を背けていつもの調子で言い返す。



上手く誤魔化せたかしら。




「千茉莉はあいつの事好きなのか?」

「それは…」

先生の問いかけに思わず涙が滲んできたのを気付かれなかったと思いたい。

本当はあなたが好きですなんて…

言えるはずのない言葉を噛締めて、先生の視線から逃れるように顔を伏せた。

辛くて少しでも先生から離れようと、肩を抱いた手から逃れるように一歩後に下がろうと足を踏み出だす。


それなのに…


「…そう言う事」


先生は意味の分からない事をポツリと呟くと、むしろ引き寄せるようにあたしの肩を抱く手に力を入れて、真っ直ぐに宙へと視線を向けた。





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