初恋~俺が幸せにしてみせる~
その日、仕事帰りに
千穂の部屋へ足を運んだ

北川さんがこの世に
居なくなっても、千穂の部屋は何も変わらない

たぶん変わったのは
千穂の心の中だけだった

俺は湯川さんからの
手紙を千穂に渡した

千穂は震える手で
それを受け取っていた

何も怖がらなくても
いいはずなのに、千穂は怯えているようだった

ゆっくりと手紙を広げ
千穂の目はそこにある
文字を追いかけていた

心なしか、瞳が少し
潤んでいるようだった

手紙を読み終えた千穂は何も言わずに、手紙を
俺に手渡した

俺はそれを読んだ

湯川さんの北川さんに
対する愛情が詰まって
いるその手紙の最後に
お墓の場所が書いてある

『ほとぼりが冷めてから一緒に行こうな』

俺の言葉に千穂は
ただ頷くだけだった

千穂の傷は癒されない

そんな事なんかでは
癒されるはずがなかった

それはわかっていた

それでも何もしてやる
事も出来ずにいた俺は
やるせない気持ちで
いっぱいだった

今の俺には千穂を
守る資格なんてない

傍に居るだけで精一杯で何もしてやれない

用事はそれだけだからと千穂の部屋を後にした

千穂はまたねと言って
手を振って見送っていた

そんな千穂に背中を向け夜の街を歩き出した
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