【短編】桜花爛漫
「昔はね、信長だったんだよ」
「は?」
「だけど無理だったから家康を選んでみたんだけど」
「何それ……。織田信長、徳川家康のこと?」
ヒデが意味の分からないことを真剣に語るから、話を軽くかわそうと考える。
それなのに……
「ちょっと、手痛い」
手をきつく握り締められ、直感した。
逃げられない――……。
それでも振りほどこうとした手は、軽く持ち上げられる。
「何がしたいのよ……」
あの日のキスも
私に向けられる視線も
一時の気紛れで、私の心をかき乱さないで。
「今は秀吉かな。もう遠慮はしないから」
私の問いかけに答えるどころか、さらに意味の分からない言葉と笑顔を残し、
手を離して先にトイレへと歩いていった。
握られた手をもう一方の手で握り締める。
熱い……
痛い……。
ヒデがどんどん私の中に入り込んでくる。
まるで心の中に蕾ができたみたいに。
いずれ花開くかのように。
木を桜色に染める花びらが、風に舞い音を奏でる。
桜色――。
淡く儚い色……。