Melty Kiss 恋に溺れて
「スミマセンですんだら、校則なんていらないんだよ」

一際柔らかい口調で言いながら困ったな、と。
渡辺先生が髪を再びかきあげる。
ちらりと、その視線が幾度も私の全身を舐めるように見ていく。

あら、朝から露骨ですこと、先生?

私は、彼が奥底で私をどう思っているかまで知っていて、尚。
なにも気づかないふりを突き通しているのだ。

「本当にスミマセンっ」

私、どうしましょう。って顔で。
俯いて見せた。

「いつもの運転手は気を利かせてくれてるんですけど。
今日は、彼が風邪を引いてしまって別のものが運転して……。
ほら、我が家の使用人は皆過保護なもので。
私を一歩たりとも余計に歩かせたくないなどと、申すものですから」

教師たちは私を<とある著名な方の秘密の娘>と認識している。
入学書類もそのように作成してあるのだから、当然のことだ。
それにそのさる方名義で、この私立高校には毎年たっぷりの寄付もしてある。

パパが私のために用意してくれた戸籍上の父。
日本経済界では名の知らぬ人はいないような凄腕の人物で、政治家とも太いパイプを持っている人だ。
ヤクザとのパイプがなければ完璧なのに、と、長い間気の毒に思っていたのだけれど。どうやら、その方はうちのパパと大親友みたいなので、その同情は不要であると気づいたのはごく最近のこと。

そんなわけで、学校側は私のことを、まかり間違っても<ヤクザの組長の本家に住んでいる女>なんて考えたこともないだろう。

「と、とりあえず規則は規則だ。
今日の放課後、生徒指導室に来なさい」

「……分かりました」

消え入りそうな声でそう言ってみる。
もちろん芝居なんだけど、私の人生8割方はお芝居で出来上がっているので、誰からも不自然になんて見えないことは分かっていた。
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