Melty Kiss 恋に溺れて
なんていう、言えない思いを胸に秘めた私は、しおらしさを装って生徒指導室のドアを叩く。

もちろん、入学以降こんな部屋に呼び出されるのは初めてだ。

生徒のプライバシーを尊重するとか言う、よく分からない理由で。
この部屋は普段人の出入りの無いような奥まった場所に設置されていた。

「一年C組の八色です」

「どうぞ」

相変わらずの柔らかい声。
私の本能が危険を感じるアラームを鳴らす、そんな声。

小さい頃から大人たちの顔色を見ながら育ったせいか、私には割りと一般の人の心の中が読み取れるようになっていた。(チンピラはともかく、上流のヤクザは皆自分を偽ることに長けているからなかなか読み取れないんだけど)

この柔らかい声は、狼が羊の皮を被っている声。

分かっている。
でも、分かっていてここを選んだのだから、引き返すわけにはいかなかった。

「失礼します」

わざとらしいほどおどおどした足取りでその部屋に入った私は、ぺこりと頭を下げた。

生徒のプライバシーを尊重するため、という名目で。
窓にはスモークまで張ってある。

そのうち、生徒の声音の音声を変えて、目にモザイクでもかけるんじゃないかって心配になるほどの念の入れようだ。

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