加茂川サンセット
「んー悪いけど…まあ、お前なら似合ってるよ、すげぇ。あ、これマジね」

ニヤリと下品な笑みを浮かべたかと思うと、次の瞬間には室岡の口唇が自分のそれに触れていた。


驚いた私は咄嗟に噛み付いてしまった。
蝙蝠は血など吸わないのに、だ。

「…ッてぇ」

室岡が口元を抑えながら顔をしかめる。
口内に微かな血の味が広がる。

私の仲間に動物の血液を吸うチスイコウモリがいるが、こんな不味いものを飲んでいると思うと私はウサギコウモリで良かったなと、馬鹿げた考えが頭をよぎる。


「申し訳ない、驚いた」

人間如きに驚かされるなんて、もし同僚が見ていたなら腹を抱え、指をさし、大笑いされていただろう。

店内の壁の時計に目をやるともう午前五時になろうとしていた。

まずい。
もうすぐ日が昇る。


「じゃあまた」

未だ呆然としている室岡の手元に携帯電話の番号を書いたメモをそっと滑らせる。

側の伝票を見ると溜息が出た。
どうやらまた食べ過ぎたようだ。


外に出て店を眺める。
『バー』は朝まで営業するのか?
頑張るんだな、お前も。

そろそろホテルに戻ろう。
蝙蝠は朝日が怖いのではなく、眠いだけなのだ。
そこが吸血鬼とやらとは違う。


欠伸を噛み殺し、歩く。
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