蜜事中の愛してるなんて信じない
正志とのこういったやり取りは、恋人という称号を得る前となんら代わらないように思える。
初めて正志の授業を受けたあの時から……。
その日は、衝撃的すぎる初対面から、二日後のこと。夕方、正志はうちにやってきた。
部屋でベッドに寝転がって漫画を読んでいるといきなりドアがあいた。
「始めるぞ」
正志は、一言だけそう告げると、肩にダイニングテーブルの椅子を担いだ格好でずかずか入り込んで来た。
「ノ、ノックぐらいしたらどうなのよ」
正直驚いた。
ちらっと、私を見下ろすと、私の机の横に投げるように椅子を置いた。
「早く来いよ」
自分はその椅子に座り、重心を左に預け、右後ろのポケットから携帯を出して、それを開く。
ナメてるわ。こいつ、私が中学生だからって、甘くみてるんだわ。
腹の中にメラメラと燃えるものを感じながら、机についた。
「アンタ、家庭教師なんでしょ?
なんで手ぶらなのよ」
「椅子」
正志は、携帯のディスプレイを見ながらカチカチとボタンを押す。
「は?」
「椅子持ってきただろうが」
屁理屈っ!
何よ、こいつは!
「数学の教科書、ノート、鉛筆、消しゴム、赤ペン」
正志は、そこまで言うと、携帯を閉じて顔を上げた。
私の瞳を躊躇いなく見つめる。
正志の瞳が余りにも黒くて、瞳孔があるのかすら解らないほど黒くて、不覚にもドキっとしてしまった。
そして、正志は、ゆっくりと口を開いた。
「出せ」
カチン。