蜜事中の愛してるなんて信じない
 正志の声は、力強い。

 私ね、だれかれ構わず噛み付くわけじゃないのよ。
 結構、口には自信ある方。

 だからってわけじゃないけど、声を荒らげずとも言い負かされることはまず、ない。

 なんて断言しちゃったけれど、これが何故か、正志を相手にするといつも怒鳴り散らしてしまう。

 正志の声が力強いせいだ。決して私が屈服したせいじゃない。

 この時だって正志の物言いは、命令口調だったけれど、夏の終わりの波打ち際でひとり太陽が沈み行く水平線を眺めているような気持ちになる。

 本当の事いうと、そんなロマンティックな経験はしたことがないけれど、たぶん、そう。

 正志の声は、潮騒なんだ。

 肩に担いだ椅子を左右に揺らして、階段を下りる正志の後頭部を見つめながら、ガラにもなく、そんなことに想いを巡らしていた。

 あ、そういえば「この頭、ハゲてしまえ」と祈るように願ったな、この時。

 今となっては、神様がその祈りを聞き逃してくれていればいいと思うのだけれど。
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