蜜事中の愛してるなんて信じない

 寝付けない夜、特に、嫌みったらしくこれでもかと気持ちよく隣で誰かさんが寝ているとき、出会ったころを思い出す。

 高校受験を控えた中三の夏休み、うちに帰ると一人の見知らぬ男が、母とケーキを食していた。

 それも、かなり若い。……し、ちょっとかっこいい。

 TシャツにGパンという風貌から、保険の営業マンにはとても見えない。どう見積もっても、大学生。

 そいつは、立ちすくむ私の顔を見るなり「じゃあ」と言って立ち上がった。

 無表情に私の顔を凝視しながら、こちらに向かって歩いてくる。

 スリッパがフローリングをすべる音じゃない足音が聞こえると思ったら、違った。

 そいつの歩幅に合わせて打ち響く自分の鼓動だった。ご丁寧に、そいつが近づくほど音量が上がる。

 帰るんだ、この人。

 そう思ったら、急に寂しさとも恐怖ともとれる感情が、砂抜きしているアサリの呼吸のように、ぷく、ぷくと湧き上がってきた。

 私の横をスッと通り抜けて、二歩、三歩。

 背後で止まった気配がした。

「ほら、おいで」

 今まで聞いたこともないくらいの低い声だった。

 
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