蜜事中の愛してるなんて信じない
 帰りは、時間帯が絶妙だったのか、ゆりかもめの先頭の座席が奇跡的に空いていた。

 間一髪。正志の手がそれの背もたれに置かれたとき、私は、正志の腕の下を潜り抜けて、見事着席。

 斜め後ろに立った正志を、わざと勝ち誇った顔で見上げる。
 正志は、むすっとして「ガキ」と呟いた。

「あー、負け惜しみだあ。椅子とりゲームは由香子さんの勝利!!」

「うっせ。電車の中で騒ぐなよ。恥ずかしいやつだな」

「私は恥ずかしくないもんね!」

「あ、そ。じゃあ、今から他人のフリすっから、話しかけてくんなよ」

「言われなくても話しかけないわよ!」

 ゆりかもめは、私たちの会話の内容なんか関係なく、すーっと緩やかに発車した。

 目の前に広がるパノラマビジョンは、レールを中心として海と街を交互に映し出す。
 
 東京湾の水質なんていうのは、全く気にならなかった。
 太陽に照らされてキラキラひかる水面に胸が躍る。

 ふと振り返ってみると、私が座っている座席の背もたれに手を置いたまま、正志が立っていて。
 その後ろの座席は、半分も埋まっていない。

 なんだかニヤけてしまう。
 他人のフリをするだとか言っておきながら、すぐ傍に立ってるんだから。
 席なんかさ、あんなに空いてるのに。
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