蜜事中の愛してるなんて信じない
 家の階段をひたひたとのぼる背中。腕の動きに合わせて左右の肩甲骨が交互に浮き出る。

 頭の片隅で、なんなのこの人、と考える。

 お母さんとケーキを食べていて、私の分はなくて――っていうのはどうでもいいか。
 この人の後ろをついて行っても、お母さんは何も言わなかった。

 「知らない人にはついて行かない」って言うのは、この人には通用しないらしい。
 私は知らなくても、お母さんにとってこの人は「知ってる人」ということになる?

 考えながら、勝手に足が動く。
 右、左、と膝が曲がり、階段をのぼる。

 二階にたどり着いて、三歩、四歩。

 そいつは振り返った。
 私は、最後の一段に足を掛けたところだった。

「どれ?」

 どれ?
 短すぎる質問に、無意識に頭のなかで反芻する。

「お前の部屋、どれ?」

 『お前』って単語にカチンときた。
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