H A N A B I


「ねえ、ひとつだけわがまま言っていい?」


私は夜空に目を移した。

彼は着信に出ようとせず、携帯電話を元に戻している。


「うん、いいよ」


着信音はいつまでも鳴り止まない。

花火が散った。


「あなたは私に幸せになってもらいたいって言ったけど、私はあなたに幸せにしてもらいたかった」


すると彼は目を伏せ、何と答えればいいのか迷っているようだった。

どこまで優しい人なのか。


「彼女でしょう」


えっ、と彼が顔を上げる。


「今の着信、彼女からなんでしょう。だめだよ。婚約者はちゃんと大事にしてあげなきゃ」


私が怒った口調で言うと、彼は苦笑いを浮かべてばつが悪そうにしていた。


「私ならもう大丈夫。言いたいことも言えたし。だから安心して彼女のところに行ってきて」

「本当に大丈夫なのか?」

「大丈夫。今日は誘ってくれてありがとう」


土手を上がり、私は駅へ向かう彼を見送る。

もう彼と逢うのはこれで最後。

そう決めていただけに、やっぱり寂しいものがある。

すると、彼が足を止めて振り返った。

どうしたのだろう。

首を傾げていると、彼は走って私の元へ戻ってきた。
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