気狂いナースの注射芸
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河野は、美枝の部屋の前に立つと、深く息を吸った。
情けないことに、先程切った電話を持つ手が震えてる。
電話の内容はこうだ。
『もしもし、圭司さん?』
「もしもし……、うん、俺」
『さっきはごめんなさい、電話に出れない用事があったから………』
「別に構わないよ。―――――あの、今君の家のマンションに着いたんだけど、良ければ会える?」
『え?』
「いや、その、何て言うか……、会いたいなぁって」
『いいよ』
会話の内容は恋人のそれと何ら変わりは無い。
しかし、河野の方はオドオドとした喋り方で、美枝の方は事務的な無感情な喋り方である分、はたから聞くとえらく不自然な会話だった。
インターホンを押すと、部屋の中で電子音が響くのが解った。
ドアの向こうでパタパタと足音が聞こえ、やがてドアが開いた。
「……こんばんは、圭司さん」
ひょっこり、といった感じでドアを僅かに開き、顔を覗かせた美枝の顔は晴れやかで、宛ら子犬を買って貰った少女のようだ。
「こんばんは……。入っても良いかな?」
「それはダメなの、ゴメンね」
「何でだい? 他に男でも上がり込んでるのか?」
途端に美枝は表情を変え、顔を半分引っ込めた。
「圭司さんこそ、他に女が居たりしないの?」
すねた様な、子供の様な可愛らしい声で河野を睨む美枝の瞳に映る自分が、あまりにも歪んで見えた。
「俺にそんな度胸が無いことくらい、解ってるだろ?」
「うんっ」
楽しそうに笑いながら、美枝はドアを開いて河野に抱きついた。
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