気狂いナースの注射芸
こんな女が、精神病院のナースをしていたなんて。
美枝が、看護婦か、患者になりうる可能性を、院長は知らなかったのか。
「ねぇ、有藤先生は…………私が嫌いですか?」
「嫌いよ」
こんな事をされて、好きでいる方が難しい。
美枝は
「………そう、ですか」
傷付いた様な表情で目を伏せた。
急に、美枝は人が変わったようにうなだれた。
有藤の中に、一気に哀れみの念が生まれた。
父親に犯されるという過去が無ければ、彼女はこの様な過ちを侵さなかったかも知れない。
美枝は注射器を持ち変え、自らの首に向けた。
「私、死にます」
「止めなさい」
「人を殺して、ごめんなさい」
美枝は目を閉じた。
注射器を首に刺そうとする美枝に、有藤が駆け寄った。
「止めなさい!」
「はい、止めます」
「えっ!?」
有藤が受付の向こうから伸ばした手を掴み、
「ちょっと眠りましょう?」
美枝は慣れた手付きで有藤の腕の血管に注射針を命中させた。
「………っ!?」
驚いた有藤に、
「ただの麻酔です」
美枝はニッコリと笑うと、注射器の中の薬品を注入した。
ゆっくりと、有藤の体から力が抜けるのが解った。
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「旭さん」
「はい、何ですか? 婦長」
「あなた奈津子ちゃんや河野先生と仲良かったわよね? 何か知らない?」
「いいえ、私もびっくりしました」
「そうよねー、河野先生が奈津子ちゃんを殺して、一緒に海に車で突っ込むなんて………」
「二人って、付き合ってたんですねぇ………」
「意外よねぇ……。有藤先生もこの前辞めちゃったし……きっと彼女を巻き込んだ三角関係かしら」
「そうかも知れませんねぇ。―――もう一週間も経つんですねぇ」
「そうねぇ………、奈津子ちゃん、いいこだったから。何だか悲しいわ……」
「私もです………」
窓から外を眺める婦長と共に、美枝も外を眺めた。
取り繕った悲しそうな表情の中に、狂喜の影が差していた。
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