オフサイド


その顔に見覚えがなかった。 

それなのに、どうして私の名前を知っているの? 


首を傾げた私は、薄気味悪さを感じ、「失礼します」と頭を下げ、自転車のハンドルをギュッと握った。


すると、男はさらに詰め寄った。


「ねぇ、今から二人で楽しいことしない?」


口角を上げてニヤリと笑う顔に、背筋がゾッとした。


返事をするまでもなく、あからさまに不快感を示し、目を逸らした。


「大丈夫だよ!怖がることなんてないよ」


そう言いながらじわりと近付くと、男は私から自転車を簡単に奪い、そのまま砂利道に投げ倒した。 


「なにするんですか!」 

慌てて、自転車を起こそうとしゃがんだ私の左手を、男は掴んだ。 


「い、や…やめ……」 


怖くて、うまく言葉が話せない。



< 335 / 362 >

この作品をシェア

pagetop