太陽が見てるから
「補欠、次は海行きたい」
満腹になった翠はかなりのご満悦だったようで、可愛いらしくおねだりをしてきた。
「じゃあ、海行こう」
おれはフランス人形のおねだり通り、自転車を走らせて海に向かった。
到着するや否や、翠は春の湿りっ気たっぷりの砂浜を駆け出した。
おれの自転車のカゴにレトロなパンプスを放り込んで、裸足で。
春の海は潮風さえやわらかく、海がどこまで続いているのか分からなくなった。
海の淡い瑠璃色と空の淡い水色が混ざり合い、溶け合って、波音が鮮明に辺りを包んでいた。
波打ち際まで駆けて行った裸足のフランス人形は、みるみるうちに小さくなり、終いには豆粒のようなシルエットになった。
「補欠ー! 早くこーい」
金色に輝く豆粒は白い手をぶんぶん振り回し、笑っていた。
春のやわらかい陽射しを反射している水面が眩しくて、でも、目を細めながらおれは駆け出した。
翠の隣に立ち、海の輝きに目を細めているのかと思いきや。
おれは海よりも、翠の横顔に溺れているのだった。
凛、とした翠の横顔は海の水面よりも眩しかった。
長い睫毛。
すっと通った鼻筋。
薄紅色よりも桃色に近い、艶やかな薄めの唇。
左耳にだけ揺れる、華奢なシルバーピアス。
「あたしに見とれちゃうのは分からなくもないけどさあ……穴が空きそう」
「あ、悪い」
クスクスと翠は笑い、照れているおれの左手の小指をきゅっと握った。
そして、ずっと向こうに広がっている水平線に向かって、叫んだ。
「修司なんかに負けんなー! 補欠ー!」
その声は静かに海底に吸い込まれ、波音にしんなりと溶けた。
「ねえ、補欠! 知ってる?」
「何を」
「諦めない限り、跳べないハードルは無いよ」
昔、お父さんが言ってた、そう言って翠は左耳に揺れるシルバーピアスにそっと触れた。
「補欠が諦めない限り、この先にあるハードルなんか敵じゃないよ! 余裕! 負けんな」
「当たり前じゃ! 一緒に甲子園行くって、翠と約束したろ」
「そうこなきゃ」