太陽が見てるから
翠は急に嬉しそうな笑顔になって、おれの左腕をぐいぐいと馬鹿力で引っ張り始めた。

おれは翠に引きずられ、翠はおれを引っ張り、

「冷てー!」

と2人同時に笑った。

足が海水にとっぷりと浸かっていた。

「濡れちまったもんはしょうがねえ! この際だから海に入るぞ」

突然、翠は涼しい顔をしてさらりと言ってのけた。

この氷水に入れるものか。

春と言っても、海水は突き刺さる矢のように冷たい。

風邪で済んだらいいけど、絶対に心臓麻痺で病院送りになるに決まってる。

「馬鹿か? 無理! 死ぬって」

「死なないって! いいじゃん、これも何かの記念さ!」

「そんな記念いらんわ」

「何! あたしに反抗する気か?」

男らしくないな、と翠は笑い、おれの体を海に引きずり込もうと必死だ。

おれもつめたい海水の中で足を踏ん張らせ、翠の馬鹿力に必死に抵抗し続けた。

突然、翠が気を緩めるような笑顔で言った。

この、デイジーのような可愛らしい笑顔に、おれはとことん弱い。

「あたしのお父さんがお母さんにしたプロポーズの言葉、教えてやろうか?」

「え、プロ……わっ、うわーっ」

「ぎゃあああーっ!」

何故なのかは分からない。

翠が「プロポーズ」という言葉を口にした瞬間に、おれの足は踏ん張る力を半分以上失い、翠ものとも海の中に放り出された。

幸い、浅瀬だったので全身濡れずに済んだものの、尻餅をついてしまって下着までびしょびしょになった。

「バカー! まじで冷てえ」

「ギャハハハ! 水もしたたるいい女ってか!」

「自分で言うなよ、自分で」

翠の手を引き砂浜に引き返そうとすると、突然、翠が抱き付いてきた。

大変だ。

「補欠ー!」

「え! うわっ」

ずぶ濡れのフランス人形を両手で受け止め、おれは再び海水の中に尻餅をついた。

「うわ……最悪。頼むから、まともに抱き付いてよ」

「すまーん。許せ、補欠」

翠の細い体が海の冷たさに震えていて、おれは慌てて翠をきつく抱き締めた。




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