太陽が見てるから
だから歩行時にふらつくのは、いつも決まって左側だった、とさえちゃんは言った。

今にも泣きそうな顔をして。





脳外科病棟





黄ばんだ天井から薄汚れたプレートが錆びた鎖で吊るされているからだろうか。

気味が悪い。

まだ昼下がりだというのに仄暗いのは、建物自体が古いせいなのだろう。

薬品やガーゼや包帯の線異質の、とにかく不安のバロメーターを上げる匂いがフロアーいっぱいに染み込んでいた。

そのフロアーに着いた時、急にさえちゃんか立ち止まり、言った。

「2人とも! そんな辛気臭い顔すんな。さっき、CTとかMRIで精密検査したんだけど。主治医の先生が大丈夫だって言ったんだから」

ね、とさえちゃんは微笑んだ。

おれと健吾は黙ってさえちゃんの話に耳を傾けた。

坊主頭に、黒いエナメル質のスポーツバッグを背負って。

小麦色に焼けた肌をして不安いっぱいの面持ちで立っている俺たちを、彼らは物珍しそうに見てきた。

あれは学生とか研修医なんだろうか。

さすが、大学病院だ。

白衣を着て安っぽいネームバッチを胸元に付けていて、皆、やる気に満ち溢れているように見えた。

こんな落ちこぼれた顔をしているおれとは全然違う世界で生きているんだろう。

いずれ、彼らは名医になって世に羽ばたき、人の命を救うのだ。

さえちゃんが言った。

「翠ね、今度手術すんのさ。良性の場合、手術で全摘できれば完治の可能性が高いんだって」

「完治? 本当に?」

「うん。だから手術すんの」

さえちゃんは言い、また歩き出した。

さえちゃんの足取りが想像していたよりも遥かに軽快で、だから、おれも健吾も気持ちに余裕を持てたのだと思う。

「じゃあ、手術はいつ?」

おれが訊くと、まだ決まってない、とさえちゃんは答えた。

坊主頭に、スポーツバッグを肩から下げた2人を、面白可笑しく見てくる学生達に健吾がケッなんて舌打ちしていた。

「これから入院生活になると思う。少しの期間、手術に向けて体調管理の毎日なんだってさ」

さえちゃんは言っている事と、全く正反対の表情をしていた。


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