太陽が見てるから
「おはよう、響也」

夏井洋子(なついようこ)、40歳。

夏井家の裏の大黒柱で、おれの自慢の肝っ玉母さんだ。

「行ってくる」

「うん」

母さんは振り向き様に、ユニフォーム姿のおれを見て背中を叩いた。

「ついにこの日が来たわね! まずは一勝。翠ちゃんにプレゼントしてやんなさい」

「痛てえ」

母さんに叩かれた背番号1が、何くそ、と言っているような気がした。

「ほら、早く行きなさい。翠ちゃんのとこに寄ってくんでしょ」

「うん。じゃあ、もう行く。母さんと父さんは11時半までに来てよ。市営球場な」

「分かってる。響也、負けるんじゃないよ」

母さんから受け取った朝飯代わりのおにぎり2つと、ずっしり重い弁当箱をスポーツバッグに放り込み、おれは玄関を飛び出した。

「最高! 野球日和だぜ」

秋にしては珍しく雲一つ無き、水色晴天。

ギコギコ、音を鳴らしながら翠が待つ病院へ向かった。

長い坂道を下り、短い下り坂を一気に上り、大通りの路地裏を駆け抜けて病院に到着した。

病棟を歩いていると看護師さん達がおれを見ては振り返った。

そして、あっと小さな声を漏らしている。

この背番号はそんなにすごいのか。

いや、すごいのだ。



翠の病室は朝にしては有り得ないほど、賑やかで驚いた。

さえちゃん。

あかねちゃん、そうたくん。

「おはよう、翠」

少し緊張した面持ちで病室に入ると、そこにはショートヘアーになった翠がいた。

「グーテンモーゲン、補欠! カッコいいじゃんか」

「グーテン……モゲ……何すか、それ」

「ドイツ語でおはよって意味よ! 分かんないの? これだから補欠は」

ふう、と溜息した翠は呆れた顔をして、ベッドから体を起こした。









5日前は大変だった。

翠が長い髪の毛を切るのが嫌だと騒ぎ出して、さすがの看護師さん達もたじたじだった。

「命だ! 髪の毛は女の命じゃ! 切ったらぶっ殺す」

そう叫び散らし、朝っぱらからおれにしがみついて離れなかった時は、本当に参ってしまった。



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