太陽が見てるから
南高校の初戦はこの街の市営球場で行われるのだが、開会式だけは桜花大附属がある市内の球場で行われるので、学校からバスで向かう事になっていた。

一時間ほどかかるので、7時半にはバスが出発する。

「頑張れよ、補欠! まあ、さほど期待してないけどさ」

と翠は言い、嫌味ったらしく笑った。

そんな翠におれはスポーツバッグのポケットから、ある物を取り出して渡した。

「これ。手術室行く前に開いて、見て」

「何?」

「補欠流、黒魔術がかかってるから気を付けろ。呪われるかも」

おれが渡したそれは、あの日、翠から一羽だけ持ち帰った翠色の折鶴だった。

「何これ。あたしが折った鶴じゃん。何か細工でもしたのか?」

と翠が訊き、

「だから、補欠流黒魔術だって。翠の手術が無事に成功するように」

とおれが答えると、翠は嬉しそうに笑って、その折鶴をいつまでも握り締めていた。

翠の笑顔を見ていたい。

一番近い場所で、この先の未来も、ずっと。

フランス人形の笑顔の色は、翠色だ。

おれ達は何も言わずに自然に手を握り合い、静かに離れた。

病院を出てすぐ、おれは両手で空を仰いだ。

秋の深い青空を。

さあ、初陣だ。









学校へ到着するなり、おれに飛び付いてきたのは、岩崎勇気だった。

「あ! 来た来た! 夏井先輩」

背中にでっかい8を背負った、大型一年生。

「遅いっすよ。逃げ出したのかと思ったっす」

「阿呆。誰が逃げ出すか。ちょっと翠のとこに顔出して来たんだよ」

「ああ、今日でしたね、手術。翠さん、大丈夫そっすか?」

「馬鹿たれ、おれより元気だ」

「翠さん、可愛いんすよねー。好きになっちゃいそ」

「くだらねえこと言ってんじゃねえよ、生意気。ほら、バス乗れよ」

「おす」

おれが到着した時はもう7時半に5分前で、おれ以外はみんな揃っていた。

バスに乗り込み、市内の県立球場に到着した時、おれの野球魂に火がついた。

球場の駐車場にバスが停車して降りると、隣に停まっていた大型バスの側面に「桜花大学附属高等学校 野球部」とペイントされていたからだ。

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