太陽が見てるから
雪が融けて、グラウンドも茶色く輝き出し、ようやく本格的な練習に打ち込めるようになった。


夢中になって投げ込みをしていると、さすがにグラウンドコートなんて着ていられなくなる。


「暑っちいな」


おれは、ブルペンの脇にグラウンドコートを脱ぎ捨てた。


「チキンて何だよ! これでも成長したんだぜ」


「チンチクリンて事よ! そんなへなちょこな球じゃ、また負けるぞー」


翠はケタケタと大笑いしながら、ブルペン横のフェンスを揺らした。


優しい春の陽射しでさえ、この元気な翠に比べればすすけて見える。


翠は、やっぱり八重桜だ。


手術後の放射線治療を乗り越えて見事に復活し、春休みはこうしてグラウンドに顔を出せるようになった。


と言っても、秋から休学していたため進級が難しくなり、春休みは補習授業の毎日なのだ。


「翠、もう9時過ぎてる。また先生に探されるぞ」


校舎のてっぺんに取り付けられている大きな時計を指差し、おれが呆れた素振りを見せると、翠は慌てて駆け出した。


「やっべ。じゃあ、まったねー! ほ、け、つ」


「だから、もう補欠じゃねえっつうの」


「へいへい。分かってますよ。ほっけつー!」


「だからっ!」


短いスカートをひらひらと揺らしながら、翠は校舎の中に吸い込まれるように入って行った。


そんな翠を見て、嬉しそうに笑ったのは健吾だった。



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