太陽が見てるから
「急ぐか」


それなのに、おれは胸騒ぎを止める術を知らなくて、気が付けば無我夢中で自転車を走らせていた。


翠にぶっ殺されるかもしれない。


きっと、ケーキは箱の中でぐちゃぐちゃになってしまっているだろうから。


家に到着して、まず、安堵の溜め息をついた。


もしかしたら、さっきの救急車が来ているかもしれない。


なんて思っていたからだ。


でも、家の回りはただ優しい雨が降り続いていて、特に変わった様子はなかった。


庭に自転車を停めて、卵が入っているスーパーのレジ袋と、チョコレートケーキ入りの袋を持って、玄関を開けた。


「ただいま」


足元は雨で濡れて湿っていたので、スリッパを履かずに裸足のまま歩くと、ヒタヒタと音がした。


「ただいま、父さん」


リビングに入ると、翠と母さんの姿はなくて、丸く猫背になった父さんの背中だけが、おれを迎えてくれた。


「あれ? 翠と母さんは?」


何も答えない父さんに話し掛けながら、ダイニングテーブルの上に卵とケーキを置いた。


テレビでは日曜日のワイドショーが放送されていて、床に翠の鞄が無防備に放置されてあった。


「なあ、翠は? トイレ?」


ソファーに歩み寄り父さんの肩を叩くと、父さんは体をビクリと縮ませた。


父さんは、高校時代に水泳部だったらしく、インターハイにも出場しただけあって肩幅が広い。


「無視すんなって」


父さんの横にどっかりと座り、くあっ、とあくびをすると、ようやく父さんが口を開いた。


「響也」


「えー?」


「おまえ、携帯電話持たずに行ってきたのか」



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