太陽が見てるから
とにかく、野球に詳しい女だ。

監督とコーチに楯突いて行ける女は、この花菜くらいのものだろう。

見ていて、天晴れだ。

2年生の先輩達でさえ、花菜には頭が上がらない。

「ストップウォッチ……まさか」

ブルペンを整備していたトンボを杖代わりにして、ストップウォッチを見つめながら俺が訊くと、

「さすが響也! そのまさかです、今日は先に1年のバッテリー陣がロードワーク。後半に2年のバッテリー陣がロードワークだから」

それ見て1時間は走り込むように、と分かりやすく的確な指示を花菜が出してきた。

ショートボブの黒髪は知的な雰囲気で、どこからどう見ても大人しそうな、背の低い小柄な女だ。

でも、その細い腕で何十球ものボール入りの箱やバットケースを持ち、涼しい顔をして颯爽と歩くのだから驚きだ。

1年生ながら、花菜はたくましき敏腕マネージャーである。

でも、それだけではない。

何と言うか、花菜はちょっと勘の冴える女で、時々、突拍子もない事を口にしたりする。

特に、人の感情を言い当てるのが得意なようだった。

その時思っている事をどんぴしゃりと言い当てられたときは、本当にどきりとする。

それ、を部員達は口を揃えて「花菜様のお告げ」なんて言ったりする。

人の顔色から気持ちを察する勘が著しく発達しているのかもしれない。

花菜様のお告げ、はほとんどが怖いほど、どんぴしゃりだ。

滅多に的を外さない。

「ちょっとちょっとお! 何よ、その目は」

と花菜は言い、今にも土の上に雪崩れ落ちそうなおれと健吾を、ぎろりと睨んだ。

やばい、とおれは目を游がせた。

花菜様のお告げ、が降ってくる。

「投球練習はやる気満々で。でも、走り込むのは嫌、だなんて言うつもりじゃないでしょうね?」

今日も見事に、どんぴしゃりだ。

人の毛穴の奥まで透視しているようなその横目で睨む仕草は、変に貫禄があったりして。

投球練習、がおれは一等好きだ。

でも、走り込むのは好きではない。

やはり、花菜には頭が上がらない。


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