太陽が見てるから
「まじかよ……おれは嫌だけどな」

と健吾は言い、むくれっ面をしていたけれど、翠は満開の笑顔を咲かせていた。

夏の終わりが近付いているグラウンドに、とても良く映える大輪のような豪快な笑顔だ。

確かに、翠はおれの天敵で、健吾の宿敵だ。

でも、おれも健吾も腹の底からそんな事を思っているわけではない。

むしろ、実はこれっぽっちも思っていない。

1ミリも。

何をするにも豪快で、言葉使いなんて男よりもよっぽど男らしくて。

でも、多分、今のところ、この情けなき補欠エースとやらの第1号の味方なのかもしれない。

あの、おにぎりの日から、おれはそう思っている。

「じゃあ明日な! 補欠、しっかり練習しろよな。さぼるなよ」

翠は言い、これまたマスコット人形だの何だのと、じゃらじゃら喧しい鞄を肩にかけた。

おれはたまらず苦笑いをした。

「って、翠が言うなよ」

「ああ、そっか。あたしが邪魔したんだっけね。すまんすまん」

あっけらかんとした顔で言い笑った後、翠は向かって左斜め側に居る健吾に視線を飛ばした。

「健吾……あんたは適当に頑張りな」

「適当って何だよ! 失礼だな。何か、響也とおれに対しての態度違い過ぎねえか?」

「うるさいな、はあー……うざい顔」

「何だと? ちょっと待て、まじていらつく」

呼び止めた健吾をわざとらしく無視して、じゃあな、と本気に男みたいな挨拶をして、翠はあっと言う間に姿を消した。

どんどん小さいシルエットになって、気が付いた時には正門の向こうに吸い込まれるように帰って行った。

嵐が去った後のブルペンには、投球練習の音が鮮明に響いた。

正門の真上、上空には細く長い飛行機雲が平行に2本のびていて、夕焼け色に染まっていた。

ただの茜空を見ただけなのに、おれは自分の体が芯まで温まっている事に気付いた。

古ぼけた部室のずっと向こうの上空は、茜色の絵の具を水で何倍にも薄めたような、おぼろげな色の雲がハケで塗り潰されたように広がっていた。


< 40 / 443 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop