太陽が見てるから
地元の人たち、全校生徒、親の会の人たちにOB。


みんな拍手で迎えてくれた。


一回戦敗退に終わったっていうのに、笑顔で迎えてくれた。


最後の挨拶を終えて部室を出ると、ドアのすぐそこに制服姿の翠が立っていた。


「補欠!」


翠は豪快に笑いながら、おれに抱き付いてきた。


「翠」


翠を受け止めて、おれも抱き締めた。


アプリコットのような甘くて爽やかな香りに、くらくらした。


「お疲れさま、補欠。最高の夏だった?」


翠がおれの胸に埋もれながら、くふくふと笑った。


翠をすっぽり抱き締めながら「最高」と答えると、翠はもっと強い力で抱き付いてきた。


「約束だからね!」


「えっ」


おれが間抜けな声を出すと、翠はギロリとおれを睨み付けて体を離した。


「忘れたら、ぶっ殺すよ!」


おれはあたふたして、頭をフル回転させた。


何だっけ。


何だっけ……やばい、ぶっ殺される。


その時、翠がにたりと笑って、もう一度、おれの胸に飛び込んできた。


「もーらったあ!」


翠の力があまりにも強くて、おれはよろめき、部室前のアスファルトに翠を抱き抱えたまま尻餅をついた。


翠の目は、美しかった。


翠の背後には野球部のグラウンドがあって、黄昏色にそまっていた。


上空に、晩夏の一番星が輝いていた。


ぽかんと口を開けて呆けていると、翠がおれの体にぎゅうっと抱き付いてきた。


「残りの夏よ!」


「え?」


「補欠の残りの夏。あたしがもーらった!」


翠は泥棒だと思った。


やっと、高校生最後の夏をゆっくりできるってのに、盗まれてしまった。


でも、幸せだと思った。


おれの残りの人生も泥棒してくれねえかな。


なんて、少しだけ思ったりしながら翠を抱きすくめた。



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