太陽が見てるから
――1年前



夏の甲子園県大会で優勝したあと、おれは1塁側応援スタンドに立っていた。


翠は毛布にくるまったまま、ベンチにもたれかかりながら、やわらかな視線をグラウンドに落としていた。


その横顔の美しさは儚くて艶やかで、息を呑むほどだった。


翠の視線の先に、誰も立っていないマウンドがあった。


そこ一点をじーっと見つめて、翠は西風に身を委ねているようだった。


「翠!」


おれが声をかけると、翠がゆっくりとこっちを見た。


痩けた頬を、一粒の涙が落ちていくのが見える。


翠はにっこり微笑んだあと、おれに向かって両手を広げて伸ばした。


「補欠」


少しハスキーで、少し、甘ったれたい時の声だ。


翠の笑顔は徐々に崩れ、次第に完全に泣きっ面になった。


「試合で疲れたのは……分かるけど。あたしを抱き締める力くらいは……残ってるでしょ……」


両手をおれに伸ばしながら、翠は唇を噛んで泣き出してしまった。


おれ、ぶっ殺されるかもしれない。


そう思った。


翠が可愛くて、たまらなかった。


ドン。


足元にスポーツバッグを置き捨て、おれはベンチを土足で駆け上がり、毛布ごと翠を抱きすくめた。


翠が、おれの背中に腕を回してしがみついてきた。


やっぱり、想像していたよりももっと、遥かに、翠の体は小さかった。


折れてしまうだろうか。


おれの体に残っているだけの力で、この小さな体を全力で抱き締めたら、折れてしまうかもしれない。


「今日の補欠、1番カッコいい。おめでと」


翠が、おれにしがみつきながら言った。


苦しいくらい、しがみついてきた。


それに答えるように、おれも翠を抱きすくめた。


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