太陽が見てるから
しばらくの間、翠はおれの腕の中で泣き続けた。


ふふふ、と可愛らしい笑い声が耳にまとわりつく。


「久しぶり。補欠に抱き締めてもらえたのって、久しぶりな気がする」


そう言って、翠はくふくふと笑った。


補欠のユニフォーム、お日さまの匂いがする、そう言いながら。


上空はうっすらと夕焼け色が滲み出し、グラウンド整備も終了したようで、県立球場内にはおれと翠だけになった。


ベンチに腰掛け、膝の上に毛布ごと翠を乗せて、抱き締めた。


本当は、言いたい事が山のようにあった。


あれも、これも。


言っても言っても、一生かけて言っても足りないほど、伝えたいことがあった。


それなのに、言葉が出て来ない。


ただ、ただ、翠を抱き締め続けた。


空が茜色に染まった頃、翠がぽつりぽつりと話し始めた。


「野球ってすごいね。野球って、1人の力じゃどうにもならないんだね。人間みたいだね」


西陽が、翠の頬を薄く朱色に染めていた。


「あたしも、同じ。1人は嫌。補欠がいないと、嫌」


おれも、と言う代わりに、翠の頬に口づけをした。


くふくふと、翠が笑う。


「初めて補欠を見た日に、直感したのよね。あたしとこいつは」


そう言って、翠はおれを指差した。


「いずれは出逢う運命だったんだ、って」


翠の顔が、ゆっくりと近付いてくる。


「直感したのよね」


翠はにっこり微笑んだあと、唇を重ねてきた。


腰が抜けてしまいそうなくらい、おれは酔いしれてしまった。


翠の方からキスをして来たのは、この時が初めてだった。


唇を離して、翠がクスクス笑った。


「補欠も、そう思うでしょ?」


< 434 / 443 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop