太陽が見てるから
小さく笑って、おれは黒いネクタイをきゅっと締め直した。


彩雲が、もう間も無く消えようとしている空を見上げる。


遠いな。


太陽までの道のりって、どれくらいあるのだろうか。


遠く離れているから、心細い。


でも、翠は元気にやっているだろうから。


翠のそんな姿を想像してみる。


すると、おれも元気がでる。


でも、翠はさみしがりやだから、たまに泣いているだろうから。


お前みたいなさみしがりやは、いつか、おれがそっちに行くまで待ってなさいってこった。


虹色に輝く彩雲が、消えた。


ベールのような雲が左右にはけていった。


昼前の陽光が降り注いでくる。


ああ、眩しい。


左腕で額を覆いながら目を細めて、空を見つめていると、修司がおれを呼ぶ。


「響也! 行こうぜ」


「ああ、うん」


眩しい青空に背を向けて、おれは駆け出した。


ビョオッと突風のような強い風が、おれの背中を押した。


ハッとして、振り向いた。


太陽のきつい陽射しと目が合った。


補欠!


「翠……」


いつの日だったか、翠に言われた言葉が頭をよぎった。


踏ん張れ!


補欠!



乳白色に発光する太陽に微笑んで、おれは頷いた。


うん。


きみが笑っているのなら、それだけで、おれは幸せです。


きみは、涙が出るほどいい女でした。


「なにやってんだよー! 響也あー」


石段のところで、健吾と修司が手招きをしていた。


「おし」


もう一度、ネクタイをきつく締め直して、スーツをビシッと着直して、おれは駆け出した。


「悪い、健吾、修司」


何度も何度も、後ろを振り返りながら。


翠。


おれ、南高校の教師になる。


んで、野球部のコーチやるんだ。


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