太陽が見てるから
「馬鹿! 何で翠が来るんだよ! 下がれ」

おれが言い、手の甲で翠を追い払う仕草をすると、

「あたしに打たせな」

そんな突拍子もない事を、涼しい顔をしてさらりと言ってのけたのは、ついつい笑ってしまうような格好をしている翠だった。

「バットかしな、補欠」

「は? お前、ルール分かってねえだろ! 無理無理。おが塁に出たら、次に翠が打てばいいだろ」

「それこそ無理じゃ! あんた絶対三振するし! あたしには分かんの」

お前は予言者か、と突っ込みたくなるほど呆れてしまった。

学校指定のハーフパンを太股までたくしあげ、Tシャツの袖は肩まで捲り上げていた。

「あたしは平成の黒魔術師よ」

極めつけはフランス人形頭に巻かれた、白いタオルだ。

大工さんや鳶職の兄ちゃんのように、白いタオルをねじりはちまきにして、翠は昨日と同じ目付きでマウンドをぎろりと睨んだ。

メデュウサのような、ミステリアスな瞳だ。

「誰が黒魔術師だよ! あほか」

「黒魔術は怖いのよ? いいからかしな」

と翠は俺から傷だらけの金属バットをぶんどると、腰に手を当て仁王立ちした。

右手でそのバットを水平に伸ばして、翠は相澤先輩へと向けた。

「補欠は使えないから、あたしが相手だ! 文句ある?」

大ありだ。

相澤先輩は口をあんぐりさせたまま、翠を見つめている。

一瞬、風がやんだような気がした。

もうじきこの暑い風が冷たさを含むようになり、山々は色づき、あきが訪れるだろう。

透き通った晴天の下、誰もが魅了されたあの相澤先輩に何て事をいうんだろうか。

「馬鹿、やめろよ! 相澤先輩な何言ってんだよ」

翠が握り締めるバットに飛び掛かり、奪い返そうとした時だ。

相澤先輩がマウンドで腹を抱えて吹き出した。

「オッケー! 売られたもんは買うよ」

と相澤先輩は言い、みどりに指示を出した。

「きみ、バッターボックスに入って」

「そう来なきゃねー! 買ってちょうだい」

翠はねじりはちまきをしている分厚いタオルをきゅっと締め直して、でも、立ち止まった。

翠は振り返り、おれに言った。


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