太陽が見てるから
陽炎のように、でも、温く濃い黄色の月明かりに浮き彫りになっている、机と椅子たち。

教卓の上に飾られていた白いかすみ草まで、ほんのりと月色に染まっていた。

ビードロのような硝子細工の花瓶の中で月光がプリズムし、質素な黒板を際立たせていた。

月明かりで浮き彫りとなった薄明かるい教室の、窓際後ろから3番目の席。

月光の眩しさのせいでシルエットになった翠が、机に伏せていた体を起こした。

教室の入り口で突っ立っているおれを、翠は幽霊に遭遇したかのように目を丸くして見つめた。

翠は毎日カラーコンタクトレンズをしていて、今日はブルーグレイ色の瞳をしていた。

「補欠? 何で居んのよ」

「それはこっちの台詞。翠こそ、こんな時間まで何してんの?」

おれが訊くと、翠は黒板の真上に掛けられている壁時計に視線を流した。

カツコツ、と絶え間なく響く時計の秒針の、繊細な音。

翠は言った。

「今日ね、スペシャルな日なの」

「スペシャル?」

「会いたい幽霊が居るの」

そう言って微笑んだ翠の横顔を見て、おれは息の根を止められた思いをした。

泣いていたのだろうか。

翠はブルーグレイの瞳を少し潤ませて、月明かりに照らされた目を手の甲でごしごし拭った。

「翠……?」

「てか、別に席間違えたわけじゃないから。勘違いすんなよ」

借りただけだから、そう言って、翠はおれの席からガタリと立ち上がり、一つ後ろの自分の席に座った。

「お前、帰ったんじゃなかったの? 結衣が帰ったって言ってたけど」

と言いながら、おれは月明かりが射し込む自分の席に腰を降ろした。

そして、机の上に視線を落としてギョッとした。

月明かりに照らされた机の上に、3、4 粒の水滴が点々と輝いている。

おれには後ろを振り返る余裕も勇気もなかった。

いつも元気で明るくて、天真爛漫で笑ってばかりで。

そんな翠が泣いているような気がして、怖かった。

しばらく沈黙が続いた後、背後から翠がいつもと同じ明るい口調で話し掛けてきた。

「帰ってないし! 便所にこもってたんだよ! あ、下痢だ、下痢」


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