太陽が見てるから
フランス人形と補欠エースの誓いの口付けは、涙の味がした。

「補欠ー! てめえ!」

「わー! ごめん、ごめんなさい」

直後、フランス人形は顔を真っ赤に沸騰させて、怒鳴り散らすものだからたまったもんじゃない。

「あたしの唇、1億円!」

「高っ」

「ったりめえだ! 頭揃えて、きっちり払ってもらうから!」

「えーっ……」

それでも補欠エースは、怒鳴り散らし続けるフランス人形が愛しくて。

いとおしくて、どうしようもないのだ。

教卓の上のかすみ草が、ふわりと優しく微笑んでいるような気がした。










「ちょっと、補欠!」

「何」

「浮気するんじゃないよ」

「付き合ってすぐ浮気する馬鹿がどこにいるんだよ。アホか」

暗くつめたい廊下をヒタヒタと歩きながら会話をしていると、突然、翠は逆上したようで鞄でおれの背中をぶん殴った。

「痛ってえ」

「じゃあ何か! 時間経てば浮気する気か? まじでぶっ殺す」

暗い廊下は昼間の廊下とは、てんで別世界だ。

異次元空間のようだ。

翠の荒々しい声が暗闇にびんびん響き、おれの体にグサグサ突き刺さった。

上下左右、どこに目をやっても永遠に行き先の無い、漆黒のロングロード。

「浮気しないって誓え」

「しません! 絶対しません! 命に代えても浮気はしません」

階段を踏み外さないように手探り状態で下りていると、突然、背後からおれに飛び乗ってきたのは翠だった。

「うーらーめーしーやー! 世界一美しい幽霊ですよー」

翠はおれにおぶさり、細いゴボウ足を腰に巻き付けた。

無論、ずっしり重くなったが想像より遥かに翠は軽く、全然苦痛ではなかった。

こんな幽霊になら、とり憑かれてもいい。

「馬鹿、下りろ」

「無理! とり憑いて祟るのが幽霊の仕事だもん。明日の新聞の一面はうちらかもね」

ザ・スクープ!
美人幽霊に惚れた、補欠エース

そんな見出しだ、と翠は言って、無邪気に笑った。

おれは翠をおんぶしたまま、夜の校舎を出ることにした。




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