太陽が見てるから
ちょっと変わった幽霊をおんぶしながら、暗い廊下を歩いた。

金色頭のアプリコットのような香りがする幽霊を。

入って来た非常口を出て、駐輪場へ行き、翠を後ろに載せて自転車を走らせた。

翠は細い腕をおれの腰にしっかりと巻き付かせ、夜風に身を委ねているようだった。

「翠の家ってどこ? いつも歩いて通ってるだろ。学校から近いのか?」

ビョオビョオと夜色の風を切り開きながら大きな声で訊くと、翠はおれの質問には答えず、でも、道案内を始めた。

「南通り町。そこの信号、左」

おれは言われた通りにした。

大通りに出たところにある小さな温泉病院の脇の信号を、軽快に左折した。

翠を後ろに乗せているのが不思議で仕方なかった。

実感がわかないのだ。

おれは本当に翠の彼氏になれたのか、とペダルをこぎながら不安と闘い続けた。

そこを左。

右に曲がって、真っ直ぐ。

翠の指示通りに行動してから5分も経たない頃、翠は最後の指示を出した。

「そこの電柱、右に曲がれ」

「はいはい」

閑静な住宅街が見えた。

例えば、アンデルセンの童話に出てくるような、暖かい感じのする住宅街だった。

夕飯の香りが薄くなり消えかけた小さな住宅街の中に、その電柱があって、曲がると人影を見つけた。

一つじゃない。

大きな影が、1つ。

小さな影が、2つ。

街灯の真下をさ迷うように、うろうろと歩き回っているように見えた。

何か探し物でもしているんだろうか。

街灯付近まで近付いた時、翠がおれの体をぐいっと後ろから引っ張った。

「ストーップ!」

急ブレーキを掛けた強烈音が、優しい明かりが灯っている住宅街に響いた。

おれはアスファルトに両足を着けて、翠が落っこちていないか心配で振り返った。

「ごめん、翠。大丈夫か」

でも、心配しているおれなんてお構いなしだ。

「おう、大丈夫」

翠は自転車の後から豪快に飛び降り、街灯下の3つの人影に向かって叫んだ。

「ヘーイ! 今帰ったぞー!」

おれはがっくりした。

おやじだ。

これじゃ、おやじじゃないか。


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