ちょっと短いお話集

雨に唄えば(singing in the rain)

　曇天の空と地上の間を斜線が何度も通り、アスファルトを黒く塗り上げていく。
　雨だ。この季節は良く降る。
「ねえ、雨よ、雨、また雨が降ってきたわ」
　僕の隣にいる彼女が、空を見上げて、かわいらしい仕草でピョンと跳ねた。
　はしゃいでいる。
　僕はそれを見て、ああ、またかと苦笑いを浮かべた。
　彼女は雨が降ると、いつもやたらと浮かれてしまうのだ。

「まったく、君はいつもそうだね、もう少し落ち着いたら、たかが雨じゃないか」
「たかが、たかがですって」
　彼女は驚いたように振り向いて僕を見つめた。宝石のように大きな瞳に僕が映る。

「そうね、たかが雨ね、でも、されど雨よ」
「されど雨？　どういう意味。空から水が落ちてくることに、何か他の意味でもあるのかい」
　僕はわざとシニカルに言った。そうした方が彼女を落ち着かせる効果があると思ったからだ。

「あるわ、あなたもう少し想像力を使いなさいよ、そうすれば目の前に見えるこの雨がすばらしい物に見えるから」
「想像力？」
「そうよ、想像してみて、この水はね、一滴一滴がすべてこの星の血液なのよ」
　彼女はそう言って両手を広げる。雨の中でそうやっている彼女はまるで妖精だ。

　僕より少し大きな背丈が可愛らしい。
「血液？　地球の血液だって」
　僕は彼女を抱きしめたい気持ちを抑えながら聞く。
「そうよ、滞ることなく緩やかに流れて、この星を美しく保っている、そう考えるとこの星は生命に似ているわ、いや、もしかすると、生命の方がこの地球に似ているのかも知れないわね」