ちょっと短いお話集
 母さんが編んでくれた毛糸の帽子。
 それだけをつかんで青い手はランドセルの中に消えた。

 た、助かった。

 は、はやく、はやく、このランドセルを捨てるんだ。
 ぼくはランドセルのもとに駆けつけようとした。
 だがそれよりも早く、ランドセルの蓋が、またゆっくりと開いた。

 まず、僕の毛糸の帽子が出てきた。

 そこで僕の動きが止まってしまう、逃げなくてはいけないのが分かっているんだけど、目の前の光景に釘付けになってしまったように、足が動かない。

 毛糸の帽子に続いて、それをつかんでいる青い手がランドセルから出てきた。
 手、腕、肩、そこまで出てくると、次に頭が出てきた。その顔はまるでイルカのように見えた。

 そして、その目がぎょろぎょろと、何かを探すかのように動いた。
 イルカは腰を抜かして動かないぼくに目を止めた。

 い、た。

 そう喋ったような気がした。ずるりずるりと、そのまま全身を現してきて、人間のように立ち上がる。

 イルカ人間だ。

 そして天井よりも高いだろう頭をぼくのほうに降ろして、バカリと大きな口を開いた。
 歯がいっぱいあった。
 殺される、いや、生きたまま食べられてしまう。

 ぼくの視界いっぱいに、イルカ人間の体がのしかかってくる。
 その時、ドンッ
 という大きな音がして、イルカ人間の動きが止まった。
 どうしたんだろう、そう思っているとイルカ人間がドサリと倒れた。
 僕の視界が開けた。
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