ちょっと短いお話集
 四千年。

 その、無限の時間がガラスケースの形で僕に立ちふさがっているようにさえ感じた。

 ポタリ、ポタリと、ガラスケースの上に僕の涙が落ちる。
 その日、僕は閉館の音楽がなるまで彼女の側にいた。

「どうだい分かっただろう」
 どうやら、僕が出てくるのを待っていたらしい。
 博物館を出るが否や、占い師のおばさんが僕に声を掛けてきた。

「ええ、分かりました」
「それで、どうする、私がお祓いしてやるけれどね」

「お祓い?」冗談で言っているのかこのおばさんは。
「勘弁してください、僕は今最高の気分なんです、僕に構わないでくれませんか」

 僕はそう突き放すように言うと、すぐに駅に向かって早足で歩き出した。

「こうかいするよ」

 うしろから、占い師のババアの声が追いかけてくる。
 後悔? そんなものするものか、僕はやっと運命の女性とめぐり合ったのに。

 それから、僕は毎日彼女に会いに行った。

 すでに半月になろうとしている。
 いつも、開館から閉館までミイラの側にいる僕は、すでに美術館員達の間で噂になっているようだったが、そんな事は少しも気にしないで通い続けた。

「やあ、また会いにきたよ、エスタ」
 僕にはなぜか、彼女の名前がわかっていた。

 恋煩いなんて言葉、僕には似合わないのかもしれない。
 でも今の僕にはその言葉が似合うのだろう。
< 51 / 70 >

この作品をシェア

pagetop