ちょっと短いお話集
 胸が痛くてたまらない。

 彼女の手を握りたい、言葉を交わしたい、ああ、イシスよアヌビスよオリシスよ、エジプトの気高き 神々よ、あなたがたが、いるのなら、どうか、どうか、お願いです。

 彼女の笑った顔を見せてください。
 彼女の手に触れさせてください。
 彼女の声を聞かせてください。

 そう願いながら、いつものようにガラス越しに見つめる、それでも彼女は変わらない。

 わかっている、分かっているよエスタ。
 本当の恋に、そんなもの必要ないと言うのだろう。
 心が感じあっていれば言葉も体もいらないと。

 愛してる。ガラス越しに呟く。
 夢のような日々。
 でも、いつでも現実と言う奴は、僕たちの間を引き裂こうと虎視眈々と狙っていた事を僕はこの時知らなかった。

「ねえ聡司(さとし)、あなたは病気なの」

 現実は、中華店で別れたはずの彼女、美恵子の形で現れた。すでにあの日から一月が過ぎようとしている。

 余りにもしつこくアパートのドアを叩くから、つい開けてしまったのが悪かった。

「病気? 病気だって、それはお前だろう、そんなブクブクと太りやがって」

 僕は玄関口に入り込んできた美恵子に冷たく返す。

「やれ、やれ、これはもはや本当に病気だね」

 すると、泣きそうな美恵子の後ろからあの占い師のおばさんの声が聞こえた。
「あんた下がっていな」

 そう言いながら、美恵子を押しのけて前に出てきた、なぜか最初に会った時よりも大きく見える。

「な、なんだよ、おばさん、あんたも一緒だったのか」
 そのおばさんの、余りの存在感に僕は少ししどろもどろになってしまった。
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