ちょっと短いお話集
 「あ、あの」


 もう一度、精一杯の大声。


 でも、やはり小さい。周りの喧騒で声がかき消されてしまう。


 ああ、彼が行ってしまう、去って行ってしまう。


 もう会えなくなってしまう。


 その時、風がびゅうとなり、私は思わず目を閉じた。


 再びあける。


 開く、まだ、目が開く。


 私はまだ生きている。


 でもあの人の背中が遠ざかっていく。

 まって。 

 私は叫んだ、叫んだつもりだった。


 でも、声が出ない。出ていない。

 その時、ぶつりと嫌な音がした。

 ああ、これはきっと私の生命が切れる音だ。

 でも、もうすこし。
 ……せめて最後に、もう一度、笑ってほしい。
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